見栄を張った嘘をつくのは止めました

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ぼくは無駄なプライドが高い人間だ。

以前のぼくは、テストの点数を聞かれたら少し高めに言ってみたり、やってもいないことをそれっぱく言ってみたりと、はっきり言ってクズだった。

ぼくは以前の自分のこういうところが嫌いだった。

そして見栄を張った嘘というのはこんな場面でもあった。

それは「本当は嫌なのに、反対したら協調性に欠ける人間だと思われるからしょうがなく賛成した」や「本当は話の内容を理解していないのに、バカだと思われたくないから『わかりました』と言った」などがある。

実際は、心の奥底で苦しんでいた。

事実と異なることを言うことで、心の中では「オレは努力しないでこうなったのに、嘘をつくことで逃げている」と思ってしまうからだ。

優しくて心の広い人は「大丈夫だよ、誰にでもそういうところってあるじゃん」と心をなだめてくれるかもしれない。

しかし、見栄を張った嘘というのは自分を削っていく。

「心の本音」を閉じ込めすぎると、ストレスという重みが増してゆく。

そしてこのストレスは、その人の"自信"も蝕んでいく。

なぜぼくは「見栄を張った嘘」をついていたのだろうか。

それは「みんなに凄いと思われたかったから」「バカにされたくなかったから」という理由にある。

正直、この記事を書くこともためらった。

自分のクズさをひけらかしているようだからだ。

それでも「本当のこと」だから書く。

なぜ見栄を張った嘘をつかないようになったのか?

それは、実力以上の「嘘」をつくことで"トク"をすることは何もなかったからだ。

そしてさらに、この「嘘」が発覚した場合には"人からの信頼"なんてものはゼロになる。人は離れていく。

見栄を張った嘘をついたところで、ぼくは「自分以上でも、自分以下でも無い」ことに気づくべきだった。

昔からの有名な言葉にこんなものがある。

「人にはついて良い嘘と、ついてはいけない嘘がある」

これにはぼくも完全に同意だ。

確かに何事にも本音をばら撒いていてはいけない。

軽い気持ちで言ったことが人の命に関わる問題になることだってある。

それでも「見栄を張った嘘」はついてはいけない"嘘"だった。

これは自分という人間を崩していき、「みんなに凄いと思われたかったから」という本来の理由さえも達成できない状態にしてしまう。

無知や劣等は隠さなくてもいい。そのほうが生きやすい。

ぼくが見栄を張った嘘をつくのをやめられたことは、この記事を書いたことが語ってくれていると思う。