過度な期待は捨ててしまおう

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「自分はここまでやったんだから、きっとあの人はこうしてくれるだろう」

「彼女はきっとこうしてくれるはずだ」

このような「期待」がハズレてしまった時、人は不思議と「ここまでやったのに!」という被害者意識に似た感情を持ってしまう。

無理もないだろう。

なぜなら人は心のどこかで「Give and Take」の思考を持っているからだ。

これについてをとやかく言うつもりはない。

ぼく自身、人に親切な対応をするのは相手からも親切にされたいからだし、人を信じるのは相手にも裏切られたくないからだ。

このように、「きっと〜してくれるだろう」「〜なはずだ」といった自分自身の「主観的な予測」というモノの存在は非常に厄介で、見事に当たるときもあれば、ハズレるときもある。

予想が的中したときには満足感を得られるだろう。

一方で、ハズレたときの「悲しみ」「失望感」「悔しさ」といった感情はタチが悪い。

しかし、言い方はキツいかもしれないが、見返りを求めて行動した結果、たとえ自分が期待したものが得られなかったとしても、それは自業自得にすぎない。

 

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人は誰も自分の思う通りにはいてくれない。なってくれない。行動してくれないということだ。

これが当たり前だということを知っておくことは大切だ。

なにも「人を信用してはいけない」と言っている訳ではない。

実際に期待に応えてくれる人もいるし、自分の努力を認めてくれる人も多い。

しかし基本的には、自分が人に何かをするときには「Give and Give の精神」で尽くすように心がけようと言いたい。

そうすることで、たとえ相手から良い反応は得られなかったとしても、自分自身の「努力」は自分の実績として残るし、「見返り」は求めていないから「被害者意識」といった余計な感情も芽生えてこない。

何事も「やって確かめる」くらいの精神で、過度な期待は手放そう。