絶対にしてはいけない"失敗"

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人生における「失敗」とは一体何だろう?

受験に落ちたこと、単位を落としたことなどのように、自分の求めていた成果を得られなかったときには「失敗した」という気持ちを抱えてしまう。

この「失敗」というのにも、大小さまざまなものが存在する。

ときには失敗から立ち直れずに、全てを投げ出したくなってしまうときだってあるかもしれない。

ぼくたちが生きている限り "失敗" というものは付きものだ。

ただぼくは「絶対にしてはいけない失敗」を知っている。

その失敗のことを思えば、どんな失敗だって許容できる範囲内のことだと思えてくる。

ぼくが思う絶対にしてはいけない失敗は、「自分の命を落とす」ということだ。 

忘れはしない。2018年3月17日。

ぼくはバイクで交通事故に遭った。

事故当時は相当の重症であったから、最悪の場合は死に至っていた可能性も否めない。

この「交通事故に遭い、大好きだったバイク、健全な身体機能などといった大切なものを失った」という事実は、人生においても"最大"に値する失敗かもしれない。

しかしながら、それらのことは「失敗」と呼ぶことができる。

なぜならぼくは「生きている」からだ。

人に「失敗」ができるのは「生きている」という条件が成立しているからだ。

もしも命を落としていたら、それは「失敗」どころではなく「人生の終わり」となっていたはずだ。

人間は生きている限り、「やり直し」が効く。

現代の日本はよくできていて、遠い昔のようにいくら失敗をしたとしても、餓死することはない。

受験に落ちたから、単位を落としたからといって「やり直し」ができない訳ではないし、他の選択肢にも目を向けることだってできる。

失敗の原因を反省し、やり直しをすることには"誇り"を持っていいと思っている。

決して恥ずかしいことなんかじゃない。

今のぼくも、自分が交通事故で失ったものを省みて、これからの人生をやり直すことができている。

もしも死んでしまっていたら、家族や友人の心に「一生消えない傷」を負わせていたかもしれない。

ホリエモンで有名な堀江貴文さんは、彼の著書「ゼロ」のなかでこう語っている。

「いくら失敗をしたところで、ぼくたちは『ゼロ』に戻るだけ。また1を一つずつ足していけばいい。」

堀江さんはライブドア事件で沢山のものを失った経験をした人だ。

そんな彼も、過去に執着せず、未来を怖れず、「今」を全力で生きている。

ぼくは入院していた病院で、自分が過去にしてきた"失敗"についてを考えたことがある。

それでも、それらの全てを「命を失う」ことと比べてみれば、正直、どうだっていい事のように思えた。

今でも失敗することなんていうのは山ほどあるが、「絶対にしてはいけない失敗」のことを思えば、"小さな失敗"に対する許容の器が大きくなってきたように感じる。

「死ぬこと以外かすり傷」という本も出版されているくらいに、「自分の命の大切さ」というものを再認識することは、どんな時だって忘れてはいけないことだ。

これからも、失敗することを怖れすぎず、「今」を全力で生きることを大切にしたいと思っている。 

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