【経験談】コンタクトレンズの素晴らしさ

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本記事では、ぼくがコンタクトレンズを使うようになった経緯に加え、コンタクトレンズを通して見える世界の素晴らしさを綴ってみたい。

 

スマホやパソコンをいじる機会が増えたぼくは、視力が悪くなってしまった。

真っ先に向かったのはメガネ屋さんで、近視用のメガネをつくった。

メガネが無いと講義についていけなくなってしまう気がしたからだった。

ただ、ぼくはメガネをかけることは嫌いだったから、講義の時以外は外すようにしていた。

理由は簡単で、自分にメガネは似合わないと思っていたからだった。

こう思うようになったのもキッカケがある。

 

ぼくは小学生の頃、右目の「弱視」を矯正するためにメガネをかけていた。

その時、仲の良かった友達が「てんよー(僕)はメガネ無い方がカッコいいと思うな〜」と言ってくれたことが嬉しくて、周りにはカッコよく見られたかったぼくはメガネをかけることを嫌うようになった。

 

大学生になっても講義の時以外はメガネを外すことを続けていた。

しかしある日、わりと近距離でぼくに手を振ってくれた人がいたのだが、その人の顔が認識できない時があった。

手を振り返して近ずくと、それはぼくの同級生の友達だった。

「メガネをかけてなかったから誰かわかんなかったよ〜」と笑いながらも、「これはマズイ」と思ったぼくは、その日からは常にメガネをかけるようになった。

カッコつけたがりなぼくは、できればメガネをかけたくなかった。

それでも人の顔が認識できない状態で生活を送っていることを考えれば、メガネをかけないわけにはいかないと思った。

 

こんな気持ちを抱くと、「コンタクトレンズ」の存在が気になってくる。

ぼくには兄妹がいて、二人ともコンタクトレンズを使っていた。

だからコンタクトレンズの存在は知っていたし、魅力的に感じるところもあった。

しかしながら、ぼくは右目が視力矯正の効かない「弱視」であったから、左目に異物であるコンタクトレンズを入れてしまうと、健康な左目が傷ついてしまうような気がしてなかなか手が出せなかった。

 

それでもやっぱり一度は試してみたいという気持ちが消えなかったから、今年の夏休みの初めに「試すだけ」と思ってコンタクトレンズのお店に行ってみた。

説明を受け、手続きを済ませ、ついにコンタクトレンズをトライすることになる。

最初の率直な感想は、「コンタクトレンズをつけるのはムズい」ということだった。

兄妹はあっという間に装着してしまうから、「なんだ楽じゃん」と思っていたが、異物感の強いコンタクトレンズに怯えてしまう瞼をこじ開けることで必死だった。

結局、最初の装着には15分の時間を要した。

上手く装着できた達成感を感じながら、あたりを見渡してみる。

「・・・」

正直、だいぶ「ガッカリ」した。

確かに視力検査をすると輪が切れている方向がハッキリと見えるが、想像していたようなキラキラとした世界感は得られなかった。

それでも試すことを決めたんだからしょうがないかと思い、30日分のレンズを一箱購入した。

結局その日はお店でコンタクトレンズを外し、メガネをかけて帰宅した。

 

次の日、コンタクトレンズは本気を出す。

その日は自転車でカフェに行く予定を立てていた。

外出でコンタクトを使うのは初めてだったから、どんなものかとドキドキはしていたものの、前日のことを思い出してみると過度な期待はしない方がいいと思えてきた。

 

しかし、これは序章にすぎなかった。

家の玄関のドアを開けたとき、世界は変わる。

あなたの人生に、「革命」が起こる。

あなたはもう、昨日までのあなたではない。

世界は輝きに満ち溢れ、背中には天からの翼が授けられ、前進する一歩一歩が雲の上を歩いているような感覚を覚える。

自転車置き場に、もう自転車は無い。

そこには純白の鬣を靡かせるペガサ・・・・(以下略)

 

厨二病の末期症状に陥ってしまっていたぼくは、ある事に気づいた。

それは「コンタクトレンズが本気を見せるのは、天気の良い日に外出をしたとき」だということだ。

見える世界が本当に変わる。

メガネのように、枠に囚われない自由さ、軽快さがある。

幸福ホルモンのドーパミンが溢れ出る。

ぼくは約一ヶ月の使用経験しかないけれど、コンタクトレンズを通して見える世界の解放感は病みつきになってしまった。

確かにある程度の値段はするし、衛生面でのケアは手間に思えるかもしれない。

それでもぼくがそうであったように、自分にメガネは似合わないと感じるときにはコンタクトレンズを試す価値は十分にあると思う。

なぜだか、自分が自分らしくいられるように思えてくる。

そして、自分の外見、印象が変わる事によって、今までに見えてこなかった世界が拓けてくる。