ミニマリスト大全

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 「大切なモノのために減らす人」

これがミニマリストたちが大切にしている精神だ.

現在では「ミニマリスト」という言葉はトレンド化しつつあるように思う.

この "ミニマリスト" に対し、誰もが思うはずだ.

「モノが少ないだけ」

確かにそう思われても仕方がないところがある.

なぜならぼくたちはミニマル(最小限)なモノだけで生きるように心がけているから、他の人と比べて持っているモノが少ないというのは紛れもない事実だからだ.

以前のぼくがそうであったように、一般に多くの人が考える「幸せ」の定義はこうだ.

それは、「たくさんのモノに囲まれた裕福な暮らし」ということだ.

この思考とミニマリストの生活様式を合わせてみると、ぼくたちはまるで「不幸で貧しい人生」を歩んでいるように思うかもしれない.

しかしぼくは「幸せ」を感じることができている.

24ヶ国語に翻訳され、世界中で有名となった著書、『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を執筆したミニマリスト、佐々木典士さんもこう綴っている.

 

モノが少ない、幸せがある。

だから、ぼくたちに、もうモノは必要ない。

引用元:佐々木典士, 2015年, (株) ワニブックス,『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』24p.

 

ミニマリストとしての生活を選ぶ人が増えている理由はここにある.

それは、シンプルに「幸せ」があり、「生きやすい」と感じることが多いからだ.

ぼくたちは皆、「幸せ」になるために生きている.

誰も「不幸」は望んでいないし、出来るだけラクをしたいと思っている.

本記事では、ぼくが「ミニマリスト」として生活をするようになった経緯に加え、今現在までに得てきた全ての情報をミニマルにまとめて紹介していきたい.

 

 

ミニマリズムとは

一般に「Minimalism」は「最小限主義」と訳される.

ミニマリズムは1960年代ごろに音楽や美術においての表現スタイルとして始まり、後に他の様々な分野に取り入れられるようになり、今に至る.

どの分野においても、ミニマリズムを取り入れる理由は「完成度を高める」ことにある.

余計なモノを徹底的に取り除き、大切なことにフォーカスしていこうという方針だ.

 

 

ミニマリストの定義

「ミニマリスト」をシンプルに表現すると「ミニマリズムを生活様式(ライフスタイル)に取り入れている人」だと言える.

つまり、「必要最小限のモノだけで生活しています」と言うことのできる人がこれにあたる.

少し抽象的に感じるかもしれないが、これには理由がある.

それは、人によって「必要なモノ」は違ってくるからだ.

職業によって、スーツ、白衣、作業着などといった「着る服」が異なるように、"必要なモノ" というのは人それぞれだ.

よって、ミニマリストには「白Tシャツ3着、黒ズボン2着、靴下3足」といったような "絶対的な定義" は存在しない.

ミニマリズムは「個性」「好きなもの」「職業」「宗教」を一切問わない.

 

ぼくがミニマリストになった経緯を少しだけ.

ぼくは 2018年に川崎市の交差点でハイエースと衝突するバイク事故に遭った.

その事故によって、大好きなバイクはおろか、健全な右足をも失ってしまった.

バイクに乗ることに加え、ストリートスポーツが趣味だったぼくは、スケートボード、バスケットボール、サッカーボールなどの多くのモノを泣く泣く手放すことになった.

これがキッカケとなり、「大切なモノ」と向き合う機会を多く得るようになった.

その中で「ミニマリズム」を取り入れたライフスタイル:「必要以上のモノを持たない暮らし」に出会った.

ミニマリズムに出会うことで、必然的にミニマリストにも出会うことになる.

なかでも、ミニマリズムを通して生活をするなかで得られた「幸せ」に関してが書かれている佐々木典士さんの著書:『ぼくたちに、もうモノは必要ない。』を読んだ時、「今の自分に必要なのはまさにコレだ!」と思った.

 

 

ミニマリストになるためにしたこと5つ 

何事もそうであるように、努力なしには成果は得られない.

自分の持っていた数多くのモノと向き合うときには意外と労力が要る.

20年程度しか生きていないぼくでも大量のモノがあったから、大人になればなるほど「モノを減らす作業」というのは大変になってくると思う.

ここでは、ぼく自身がミニマリストになるためにしたこと5つを紹介したい.

 

1. とにかく不必要なモノを捨てた

 

 「これってほんとうに必要?」「これって今要るモノ?」

ぼくはこれらの問いかけをしながら、自分が持っていた全てのモノと向き合った.

答えが「NO」になったものは次々とゴミ袋に入れていった.

明らかなゴミ、もう開くことのない教科書、要らない資料、溜まりに溜まった取り扱い説明書.

先ずは「とにかく捨てる」ことから始めた.

一方で、答えが「YES」になったモノは綺麗にしてからもとの場所に戻した.

厄介なのが「答えに迷いが出る場合」だ.

「YES と言えば YES かもしれないが、NO と言ってしまえば NO かも... 」

この気持ちはよくわかる.

というのも「これってほんとうに必要?」という問いかけをするとき、抱いてしまう気持ちの 70% くらいがコレにあたってしまうからだ.

以降では、こんな「迷い」を解決するために有効な Tips(コツ・アドバイス)を紹介したい.

 

2. 不要な服は古着買取店へ

 

服に関しては「売ろうかな」と思った時点で "手放しても後悔しない服" がほとんどだった.

いつか着るだろうと思っていたけど、結局着ていない服.

絶対にもう着ることのない中学校の体育着.

気に入って買ったはずなのに、着るうちに飽きてしまった服.

これらは綺麗にしてから古着屋さんに持っていこう.

ぼくは合計で5,6回は古着買取店へ服を持っていった.

売る服の種類やブランドによって高く売れる店が変わってくるから、それぞれの服にあったベストな買取店を探すことがオススメだ.

 

モノにしても服にしても、「元を取る」ことばかりを意識してはいけない.

「お金」にしたい気持ちはとてもよくわかる.

しかしながら、こればかりを意識してしまうと、モノを減らす作業が停滞し、なかなか片付けを進められない自分に嫌気がさしてしまう.

このような状況を「学習性無気力感を覚える」と言い、「片付かない、片付かない」という挫折・失敗を何度も繰り返すことでやる気がゼロになってしまうことを指す.

今の自分にとって “少しでも足しになれば良いな” というマインドセットでいこう.

 

3. 綺麗で使えるものは児童館に寄付

 

ぼくはサッカーボール、バスケットボール、バドミントンのラケットと羽を児童館に寄付した.

これらはそこそこな頻度で使っていたから、一般のリサイクル店では引き取ってもらえなかった.

リサイクル店に持っていったものの、引き取ってもらえずにまた持ち帰るとなると処理に困ってしまう.

せっかくキレイにしたのに、そのまま捨ててしまうのはもったいない!と思った.

そこでぼくはダメ元で児童館に持っていくことを決めた.

そこではなんと、自分が想像していた3倍以上の感謝の言葉をいただき、快く引き取って頂けた.

もちろん寄付したモノだから値段はつかない.

それでも元気で遊び盛りな子供たちに使ってもらえるのなら本望だと感じた.

リサイクル店で誰にも使われずに眠っているよりも、いつも子供たちの笑顔と共に在る方がステキだと思えた.

 

4. BOOK・OFF と HARD・OFF は利用する価値アリ

 

この2つの店舗は「できるだけ早く売りたい」と思っている人にはもってこいのお店だ.

メルカリやヤフオクでにらめっこをするのも良いかも知れないが、これらは売れるまでにそこそこの時間を要する.

先ほども述べたような “学習性無気力感” を覚えてしまわないためにも、「時は金なり」の気持ちを持ってすればそう悪くない.

 

要らないモノを手放しても、あなたが今持っているお金は一切減らない.

そして、たくさんのモノを手放すことで、あなたは未来に買い物をする時に「絶対にムダな買い物はしないぞ」という良い意識を持てるようにもなる.

使っていない不要なモノを手放すことで、「時間の余裕」「空間の余裕」「気持ちの余裕」を手に入れることができる.

 

5. 思い出のグッズはデータ化しよう

 

この作業は体力以上に “気力” を使う.

家族、親戚、友達からもらった手紙、プレゼントとしてもらったけれど、ほとんど使えていないもの、卒業アルバムなど、思い出の品というのは手放すことに戸惑ってしまう場合がほとんどだ.

サイコパス気質の人はともかく、心が優しい人ほどこの作業は大変になると思う.

ぼくは約20年しか生きていないけれど、思い出の品というのは想像以上に多かった.

それらの全てには「思い出」がリンクしている.

だから、"ただ捨てろ" と言うつもりはない.

「データ化してから手放そう」と言いたい.

手紙などの書類はスキャナーでデータ化しても良いし、写真にとっても良い.

その他のグッズは、基本的に写真に収めてから手放そう.

卒アルのように高価だったものに関しては、データ化専門店のチカラを借りることがオススメだ.

データ化したものはオンラインのクラウド、外付けハードディスク、USBメモリなどに保存しておこう.

そうすることで、見返したい時にはいつでもアクセスが可能になる.

 

データ化することのメリットは、実物よりもアクセスが容易にできるということだ.

物質的なモノは探すのに一手間、取り出すのに一手間といったように、いちいち手間がかかってしまうことが多い.

一方、データ化したものはスマホが一台あれば世界中のどこからでも見ることが可能になる.

「物質的なモノ」は手放しても、「思い出」と「感謝の気持ち」は心の中に留めておくことができる.

 

 

生活で変わったこと6選

 

この章では、ミニマリストになったことで感じる「生活の変化」についてを綴っていく.

1. 時間、空間、気持ちに余裕が生まれる

 

物質的なモノが少なくなるから、必然的に「空間の余裕」が生まれる.

モノがたくさんあった時は、ホコリをかぶっていたモノや、汚れていた床をキレイにすることすらも面倒がっていた自分がいた.

ミニマリストになってからは、モノが少ないぶん、掃除が圧倒的にラクになった.

このように、手間がかかっていた作業が最小限で済むようになることで、「時間の余裕」が生まれる.

いつもは親切で優しい人でも、集合時間に遅れそうなときには、道端で倒れている人がいても “見て見ぬ振り” をしてしまうように、「時間」の余裕を持つことは「気持ち」の余裕をもつことに大きく影響する.

したがって、時間に余裕が持てるようになることで、「気持ち」にも余裕が持てるようになる.

 

2. できるだけシンプルなデザインを選ぶようになる

 

モノが散乱している部屋と、綺麗に整理整頓された部屋を比べれば、「居心地の良さ」が変わってくるように、モノが人に与える影響というのは意外に大きい.

デザインも同様に、色彩や形状によって大きく違ってくる.

ミニマリストになると、普段身につけるモノや、家に置くものはシンプルな色、デザインを好むようになる.

理由は?と聞かれれば、答えはこうなる.

それは、「飽きずに長く使えるから」だと言える. 

あの時は気に入って買ったけれど、もう使わなくなってしまったモノ.

こういったモノを見返すと、少し派手な色であったり、装飾が必要以上にあるものが多かった.

つまりぼくは、これらのデザインを持ったモノに「慣れる」⇨「飽きる」⇨「新しいモノを求める」という負のループにハマっていた.

これを省みて、シンプルで必要十分なデザインのモノを選ぶようになることで、飽きずに長く使うようになり、モノに投資するお金を最小限に抑えられるようになった.

モノに対する投資をミニマルにしたぶん、「知識や経験」に対する投資を増やすことができるようになった.

 

3. 恋愛観も変わる

 

恋愛観にも "個人差" というのがあるから、具体的なことについてをとやかく言うつもりはない.

ここでは大きく変わった恋愛観を一つだけ.

ぶっちゃけてしまうと、ミニマリストは「ミニマリズムに理解のある人」を好きになる傾向がある.

ポイントは「理解のある人」だということだ.

なにも "相手もミニマリストじゃないとイヤだ" というわけではない.

男女でパートナーの関係に入るステップとして、「類似性の認知→ 相互理解→ 自己開示→ 役割取得→ 役割適合→ 関係成立」といった流れが重要であることが、アメリカの社会心理学者、ロバート・A・ルイスによって提唱されている.

どうやらこの「相互理解」というものがコレにあたりそうだ.

ミニマリストは基本的に手紙をデータ化する人だし、おそらく誕生日プレゼントも "モノ" ではなく金券、食べ物、旅行といったものになるだろう.

理由は、自分がたくさんのモノを減らしてきた経験があるから、人からもらったモノというのは、意外とその人への負荷となってしまうことを知っているからだろう.

 

4. モノに対して少数精鋭思考になる

 

ミニマリストにも「物欲」はある.

今までの物欲は「できるだけ多くのモノを」というものだったから、ほんとうに色々なモノに手を出していたけれど、ミニマリストになってからは「必要なモノの中でも良いものを」という思考に切り替わる.

ぼく自身がモノを選ぶときの基準は、

・自分の生活に必要なモノであること

・飽きのこないシンプルなデザインであること

・十分に機能的であること

・自分の経済力に見合った価格であること

の4つだ.

以前のぼくは、モノを買っては「ああでもない、こうでもない」と手当たり次第にお金をムダ遣いしていた.

今でもこれらが完全に “ゼロ” というわけではないけれど、数年前の自分と比べればその差は歴然だ.

 

5. 健康的になる

 

家の中がミニマルになるとこんな気持ちを抱いてしまうことがある.

それは「なんか物寂しい、、」という気持ちだ.

この気持ちはよくわかる.

家は「心と身体を休める空間」であることは知っているものの、モノを減らしたことで部屋が静粛に改まっているような感覚を覚えるからだろう.

こんな時は不思議と外に出たくなる.

なぜなら一歩外に出れば、街並み、自然、季節の趣などを通してさまざまな刺激を得ることができるからだ.

したがって、外出、散歩、サイクリングなどを楽しむ機会が増えるようになる.

健康的にいられるのは、活動的になることが起因する.

また、食生活もミニマルになるから、食べ物の「量」と「栄養」を見直すようになる.

特別に意識をしているわけではないけれど、モノを減らしたことでこんなにも素晴らしい副産物が得られることは想定外であった.

 

6. 全てがミニマル思考になる

 

モノだけに限らず、自分にとって不必要な「情報」も捨てるようになった.

“情報過多” と言われている現代では、スマホひとつを手に取れば、世界の経済状況、ニュース、芸能人の情報などと、ほんとうにたくさんの情報にアクセスが可能になる.

良いこともある反面、これらはあなたの貴重な時間を吸い取っていく.

MMD研究所が行った「スマートフォン利用者実態調査」によれば、人は1日に平均2~3時間をスマホに使っているという.

365日で換算すれば、一年間に約45日に相当する時間をスマホに捧げていることになる.

必要以上の情報に触れたところで、正直、ぼくたちにはどうすることもできない.

そして、ほんとうに必要な情報というのは不思議と自分に巡ってくるものだ.

1日24時間は誰にでも平等だ.

ミニマルなモノに囲まれた生活では、不思議と時間の大切さと向き合えるようになる.

余計な情報にエネルギーを消耗させることのないよう、スマホをイジるときには目的を宣言してから使うようにしている.

 

 

ミニマリストの取扱説明書

知人も含め、SNSで繋がっているミニマリストたちを観察する中で思う「ミニマリストのトリセツ」をつくってみた.

必ずしも全員がこれに当てはまるわけではないことを承知の上で書いている.

参考程度と思って見ていただければ幸いだ.

ミニマリストのトリセツ

 

・シンプルなデザインが大好きです

 

・食べ物も大好きです

 

・"モノ" は与えないで下さい *必要不可欠なモノを除く

 

・基本的に "楽しい経験" をすることを望みます

 

・ミニマリズムを理解してもらえると泣いて喜びます

 

おわりに

本記事では、ぼく自身が体感してきたミニマリストのすべてを述べてきた.

もちろん "生活環境" や "その人の立場" によっても変わってくるから「自分に合ったスタイル」を見つけ出すことを最終的なゴールにしながら、それぞれの「ライフスタイル」を見つけていって欲しいと思っている.

ぼく自身、その人がミニマリストじゃないからといって、責める気持ちも、否定する気持ちも全くない.

「自由に生きる」ということには「人の自由を奪わずに」という前提条件がつくと思うからだ.

偽善者ぶるのはイヤだから本音を言うと、正直、ミニマリストは "変わり者" だと思っている.

ではなぜ、ぼくたちはミニマリズムを「手段」として選ぶのか.

それはきっと、ミニマリズムを通して「生活満足度」を高めていくことで「大切なもの」と向き合うことに長けてくるように感じているからだろう.

ぼくたちの人生はたった一度きりで、いずれはこの世から去らなければならない.

人は裸で生まれて、裸で死んでいく.

そこに「モノ」は存在しない.

モノは "人生の過程" で存在するものであり、あなたの全てではない.

人は皆、「幸せ」を求めて生きている.

「幸せ」は "なる" ものではなく "感じる" ことで得られるものだ.

必要最小限のモノと生活をすることで、当たり前の日常に「幸せ」を感じることができる.

人生に "方程式" なんていうのは存在しないが、ミニマリストとして生きることで、確信することがある.

この感謝の言葉をもって本記事を締めくくりたい.

"当たり前" をありがとう. 

 ぼくは幸せです.